鎧岳、丸山、ユキヤ峰周回
2016/11/16
二人

コースタイム
登山口8:25−展望台09:25〜35−丸山11:00−ユキヤ峰11:55〜12:40-ヘリポート13:20〜13:30-白山神社14:20-登山口15:05
各所で立ち休憩
総時間6時間40分
川上村のR169を通れば鎧岩に白地で書かれた土倉翁造林頌徳の文字が見え、大滝ダムから川上村道の駅まで、吉野川北に切り立った尾根が見える。
鎧岳から丸山、ユキヤ峰、焼山、白屋岳と続く尾根だ
そんなマイナーな尾根を半分ばかし縦走して、ユキヤ峰940mから東側(うのかわ)の白山神社を目指し降りた
道跡は感じられるし、ソマ道や木出し道とルンルンだったが、最後の尾根先下山は急傾斜で慎重を要した
登山口は、大滝ダムが見張らせる鎧岳山頂まで作られた遊歩道登山口だ
登山口には駐車スペースと東屋が有る
  
鎧岳までのコースはイヤーナ行政階段だが道標はバッチリだ。
へそ曲がりなショウタンは途中からソマ道に入り尾根を直登したが、道標どおり登れば何の問題ない階段登りだ
少し大汗をかくだろうが
コースは二コースに分かれるが、どちらも厳しい
 ここから山肌を巻くソマ道に入る

途中から山肌を巻くソマ道に入り、又その途中から倒木を越えながら動物道を登り、鎧岳山頂に出た
 
ほとんどの方は、山頂にある展望台に鎧岳と書いているが、ピークは展望台北30m程度だ
読図達者が山名板を挙げていた
  
山頂の展望台は立派な物で、四寸岩山、青根ヶ峰、白倉山と見張らせ、なんと言っても作られた目的の、大滝ダムは最高に美しく見える
  
目的の丸山に向かって遊歩道階段を下ると、遊歩道が周回コースとダム側に下るように案内があることが分かった
  
遊歩道と別れ尾根を丸山に向かって登るが、丸山までは、ふードギツイ傾斜だったが、美しい紅葉が所処で見えた
コースは先ず間違いようがない尾根で、少し馬酔木が邪魔をするが、時々はテープが有った
  
 
丸山には二度目だが、山頂の三角点は美しく、奈良の三角点を廻りきった上田倖弘先生の点名板が目立つ
オマケにピンク板も載せておこう
  
山名は丸山で三等三角点点名は東川だ
北緯34°21′26″.0328 東経135°56′48″.1177 標高792.73
丸山からはダラダラと丸い尾根を登ってゆく、踏み跡濃い処も有れば、アセビが道を隠す所も有る
マア全体に登りよい。
あと少しは植林の囲い横を登るが、これはチョット悪路だ
  

  
少し展望を楽しみ山頂で昼食を楽しんだ。
山頂は見晴らしが無い
 
山頂から読図で尾根を下るが、植林と雑木の境に道跡が感じられ、地図に乗る林道までルンルン
林道を越え更に下ると、少し伐採があり極最近人が入った跡が有ったので、それに沿ったが目的尾根そのままだった
 
一つ目の林道を越え更に下るが、道跡沿いを下った
  
この付近は軌跡を見てくださいとしか書き方を知らない
測量点、589m地点はヘリポートで東川舗装林道が続き、白山神社の前の方が、家族でピクニックを楽しんでいた
 
ここからの尾根先は難しいところもある。
自信が無ければ舗装林道を東川に下ると良いだろう
ヘリポートから直接尾根に入れないかと覗き込んでいると
林道から作業道が出来下れる事を教えてくれた
ヘリポートから50m程度下ったところ左手に、目的尾根に木出し道が出来ていた
  
後は尾根に道が有り、途中から尾根に入るが踏み跡が有る
  
尾根に入る↑

尾根を下るにだんだんと傾斜が出て、左右は切り立ち、慎重にコースを読んだが、問題は無かった
ただ、最後の車道が見える状態に成ってオヨヨの下りだ
  

白山神社横に下り、後は車道を歩いて帰るが、木材加工の木地師の工場の方や、村人は目茶親切で、挨拶も爽やかだ
次回は、東川北の衣笠山から初伏山、三角点、小、東吉野と縦走しようとその尾根を眺めた
 
登山口まで長いだろうと思った車道も、あっと言う間の歩きで今日も山は楽しいと満足度が高かった
 
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鎧岳展望台にあった川上村説明書きを文字に起こした

吉野川の最上流に有る川上村は、早くから吉野林業のの中心地として発達し、今から500年も前に杉、桧の造林が始められています
また、吉野川を利用した筏の流水路が開かれて、木材利用が高まり、天正年間(1573〜1590年)大阪城、伏見城に吉野材が利用された記録があります。
川上村の面積は269平方キロメートルでその内256平方キロメートルと95パーセントが森林が占めています
地形は急傾斜で畑を作る耕作地はわずかですが、森林に適した土壌や、雨の多い気候条件に恵まれて、植林の生育に適した環境が形成されています。
川上村を含む吉野林業地では、江戸時代より樽丸材、(酒樽に使う木)を目的にした優良材、(通直、完満、無節)の生産が始まり、蜜植と多間材、そして100年以上もかけて育てる吉野林業独特の育林技術が発達しました
これら野山作りは、山守と呼ばれる人たちによって管理され、優良材生産が続けられた来ました
この伝統的な育林技術は、高級建築材作り、受け継がれておりブランド品、(優良吉野材)の生産に生かされています