高野街道
聖峠から大師山、梨の木峠周回
2021/07/19 

上志賀

距離5.7km時間 3時間50分 標高+423m-355m

ヤマレコ地図にリンク

 国土地理院地図にもその名も載らない聖峠がかつらぎ町にある。
場所は新トンネルの志賀高野山トンネルの真上だ
道は、和泉葛城の鍋谷峠七越峠などから笠田に出て渋田の麻生津から麻生津峠を超え市峠に下り、上志賀に出て古くは聖峠を超え花坂の矢立から高野町石道に入る。又は上志賀から梨の木峠を越えて花坂に出る2ルートがある
距離は聖峠越えが僅かに速いが、弘法伝説は梨の木峠ルートの方が多い
今回は、弘法伝説の大師山(だいし山と濁る)を中心に聖峠、梨の木峠を廻ってみた
山情報は、草木博士の山元晃氏の、高野山町石道の草木と花と寄り道(あいり出版))から知った
地図記載がない、先生からの情報と地元民に助けられ情報を得た

先ず大師山からの下山を掛谷集落に出たとの先生の話から、その下山口を見に車で行き、
弘法大師、空海が大師山から(地元では大師池から)樒の木の杖を投げた所。
逆さに刺さり根付いた逆さ樒が有る大師原を見て、駐車地の上志賀に戻り、上志賀集会所のPに車を止めた
  

足の状態は、登りに痛みは出ないが下りに出る所から、急傾斜の有る聖峠から廻ることにした
集会所から聖峠取付き迄の古道は舗装がされ歩きよい
途中の栗農園から奥は林道で舗装はされているが苔が蒸し谷は涼しい
   
有るだろうとは思ってはいたが、先ず高圧電線が見えるかと時々止まり上を見るが見えにくい
開けた所で電線が見えた。ここだと地図を見、前を見ればやはり鉄塔管理道の道標が出た
 
一休みして、急傾斜だろうとアクエリヤスを多い目に飲み踏み込めば、クネクネと緩やかに登る
今なら階段で直に道を付けるだろうが、古道は階段はしない。
測量杭を見ながらユックリと登る。途中一か所倒木で道が??としたが、地図と合わせれば急カーブの所だろうとわかる
わからくても取付きから峠にコンパスを取っている。コンパスに合わせて直登すればいい
兎に角道は分かりよい
峠に出た
   

古道は聖峠を超えて行くが、尾根の鉄塔道から大師山を目指す
 

花坂側に下るにも道は良かった
秋にキノコを取る方たちも多く登るらしい
鉄塔位置を確かめ、管理道の尾根を忠実に歩く
直ぐに、小ピークに鉄塔が立ち、下調べでは建物マークが有りこれは神社かもと期待したが、電気設備の小屋だった
  

この鉄塔ピークが雨乞のピークと思い込んでいたが、後日情報をくださった地元民様に電話で確かめればここではないとの事
地形図に出る建物マークは、鉄塔管理の建物だった
地形図と合わせながら尾根を忠実に歩く
電気事業が好調だったころに、これでもかとプラ階段を設置している。
  
鉄塔道標と地形図を合わせて現在地を確認しながら歩く
小休憩にも良いし、山を描くことも出来る
この標識で行けば、梨の木峠に下れることが分かるが、大師山は少し上だ
  

右手下は垂直に近い傾斜の細い尾根のピークに四等三角点、上地蔵が乗り、このピークを中心に大師山と地元では呼称している
山頂定義からは外れるが、場所を表す意味から親しみを感じた
山頂で一休み、
地図では破線は直ぐに途切れるが、尾根を忠実に下る
直ぐに左手にプラ階段が出て、尾根か階段を下るか迷ったが、どうせ下調べ位置に出るとそのまま下った
これが、第一の失敗で、この下のカラー鉄塔付近に、大師池跡がある事を付近住民から聞いた。
山腹に広い田が有り、池に水が枯れると雨乞をしたとか、今は植林でその跡は分からないと地元民は言う
樒の杖を投げたのはこの大師池からと地元民は言った

尾根を下る
プラ階段などが出て鉄塔が出る
  

この鉄塔から管理道が見にくいが鉄塔下に道標が出る
 

管理道は分かりよくクネクネ下る
本当にクネクネと曲がる
健脚なら山肌を直に下りたいような気持になるだろう
私は道に準じた
林道になった
 
ずいぶん大きく回り込んで旧国道に出た
余談だが、猪の囲い罠がおかれているところの正面奥に銅山跡があるそうな

情報を得た民家に下山報告をしてお礼を述べたが、ご主人は不在で奥様が対応してくださった
付近の山はこの方の持山が多く、勝手に山に入り貴重な物を持ち去る不届き者が多いとか
ひどい時は庭の花々迄持ち去るという。まるで泥棒だ。
お礼を言って梨の木峠に向かって歩いていると。足の悪い私を見て奥様が車で送ろうと言ってくださった。
本当に感謝だが、訳を言って歩いた
現在の梨の木峠は高野町とかつらぎ町の境界付近だろう

 
旧道は現在道の少し上に有ったという
そこに5軒の民家があり、一軒の庭に山梨の巨木が有ったという
山梨はめっきり少なくなり付近にもほとんど見られないとか
旅人の為に、空海が植えた物と言う伝説が有る
付近の村や山には榧の木がある。実からアブラが取れ、榧木は建築材や民芸材に使われる
昔、作物の不作や不況に榧の実は生活を助けたとか、
すぐ先の大和神社にたちより、話に聞いた地蔵を探す




先ず大和神社分社は、付近のアーティストが神社分社を建立したとか(基礎になる神様が有ったとか)
大和神社位置は、民家跡で横に古道が残る。
梨の木地蔵は神社から東に探したが無く、諦めたが今地形図を拡大すれば神社西に建物マークが有る


この付近のみが最古道跡を残す 。又梨の木地蔵を見に行きたい

後は、車道をクネクネと下り、上志賀に出る
山間部だが、上志賀や花坂は明るい所だ
未だ茅葺きの民家の姿を残し綺麗な集落だ
 
上志賀集会所は学校跡の様だ。小さな学校はまとめられ消えてゆく
何か日本の教育制度は間違っていないだろうか

グランド跡らしい所から、大師山に向かった尾根や聖峠の尾根が見えた


又、世界遺産にもれた麻生津道、渋田から麻生津峠まで歩いた経験は有るが、その先は未踏だ
足が回復すれば頑張って花坂迄歩いてみたい
又、健脚の皆様も笠田駅から花坂、紀伊細川までの長距離ハイキングに如何でしょうか
マタマタ余談ですが紀伊細川の八幡神社横から町石道に登る道が残る。

少し、バリエーションで弁天岳まで登れます(現在倒木が有る)
途中に出る大きな地蔵様は、今回情報を得た地元の方が、材料運びに協力したとか
高野町、かつらぎ町、九度山町、奥高野は歩くに楽しい古道が多い
マタマタ、短い距離で楽しみたいと思う今回でした
 
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