章魚頭姿山(高津子山)
2022/08/27
単独
 

地形図章魚頭姿山にリンク



和歌浦の歴史について
ほんの少し胆管がつまり手術の為治療を受けた
運動制限が無いと言う事で体力回復に選んだ山が、章魚頭姿山(高津子山)だ
この山は、峰全体で雑賀山と言い、小さなピークに権現山、天神山、最高点を章魚頭姿山、又は高津子山と言う
古くは、山周辺に五箇村が合ったことから五箇所山とも言ったそうな
山頂の看板にそれが書かれている

 
目的はあくまでリハビリだ。たった1週間のベッド生活が高齢になるとこれほど衰えるかと驚いた

駐車場は登山口横の東照宮に有るが、駐車場代をケチりバイクで20分の登山口に向かった
高津子山一帯は潮騒の小径と言うハイキング道が有りますが、実態はボランティア任せのコースで、ボランティア作業の無い所は少し生えこんでいた
  

今日はすんなり潮騒の小径を歩こうと足元もローカット靴、装備も水と地図と携帯、食事制限が有るためローカロリーのちらし寿司のみ
ストックは一本とした。老いれば確実の三点支持が理想だろう
取付きてすぐに、若者が登ってゆく、早い
いつもの直ぐ尾根先の階段から、権現山に登るが、整備ハイキング道にした
所が、踏み跡を見つければヤハリ道をそれる
古い道跡らしい
直ぐに倒木が出た。整備が無いのだろう
 
少し山頂を外したが権現山を越えて潮騒の小径に出る
いつも此処で方向間隔を失う。
この山と岩湧山はいつもこの感じに成る。とにかく地図を正置して方向を頭に入れる
天神山も潮騒の小道を外れピークを超える
同じ感覚に成る天神山だ
  

天神山は和歌山の県木で備長炭の原木のウバベガシの木が多い、見た目は炭焼き窯跡風だが、先の戦争の遺跡と聞いた気もする穴が有る
越えれば、和歌浦天満宮方面の道標が出る。帰路に下ろうと思いながら登る

小さなピークも尾根中央を登った
どのピークも道跡があり階段などが朽ちているところが多い
最後までピークを越えた
  

意味が分からない造形仏があってその先に高津子山、又は章魚頭姿山の展望台が見えるが、写真を忘れた

 頂き物

山頂の展望台から見る景色は大阪湾では一番美しいかもしれない
私はこの景色が好きです
   
南側有田方面                      名草山と和歌浦漁港                 和歌浦漁港から片男波
  
雑賀崎集落、日本のアマルフィ            元水軒浜の防風林                  和歌山市内と紀泉高原

景色を楽しみ、 二等三角点 出島、その昔新和歌浦付近は出島と呼ばれていたとか

  

気ままに下ろうと西に下る。車道まで下り雑賀崎に行く予定だったが、一巻きのテープを見つけて入る
右が良いのか左が良いのか分かりにくかったが、少し行き来して現在地を読んでみた
右だと確信して歩けば小さなふくらみに、田野集落が見えると書かれた処が出て 登ればなるほど

階段横に出て下る
雑賀崎の切通に出る
此処に潮騒の小径の道標が出る
  
切通は今も生活道だ
何時の頃に彫られたものか知らないが厳しい地形に村が守れれていたのだろうことは良く分かる
雑賀孫一に代表される雑賀一族は織田信長の紀州攻めに最後まで豊臣秀吉に抵抗した豪族の村だ
切通を南に出て道標で尾根に乗り返す
登ってすぐが、田野小学校跡で門柱が一つ残っている
学校跡に真新しい民家が無住で建っている
尾根に入ってゆくが、この尾根道が古い通学路だとか
山裾を巻く道は無かったのだろう
  

雑賀崎集落上付近で老人が山肌を整備していた
孫たちのテンバを作ろうとしていた
もう雑賀崎や田野には生徒は少なく二つは廃校とか
雑賀崎の大地主が和歌山の病院長で、何をするにも許可が要ったとか
長い歴史の中で生き抜いてきた漁村の話は歴史を感じた



尾根中央道を西に下れば汐見橋が有り、少し登れば雑賀崎小学校跡と運動場跡がある

そこから、雑賀崎集落に下った

  

雑賀崎は厳しい斜面に発達した漁村
土地は青石と呼ばれる緑片岩で土質は石だ
コツコツと切り開き段々の家が建つが空き家も有るようだ
ただ、廃屋も放置されず、撤去されたり整備が有り残っている
美しい景色はそれが有るから守られているのだろう

階段も多くバイクも登れない傾斜や細い道
若いお父さんが大汗を流しながら子供の野球道具を持ってあがってきた
  
浜に出ればそこは漁港だ
前出の老人は、昔は100隻の船が出たが今は40隻 程度しかないと言う底引き網の船が停泊していた

  
見慣れた景色だが、アマルフィの景色にかぶせるほど白い家の立ち並びは美しい

田ノ浦に向かう
田野集落も漁村の村で、今は浪早ビーチとして整備されている
BBQも出来るのか、その香りがたまらなくいい
私は砂浜を外れ、舟溜りでカロリー控えめな昼食を楽しんだ

  

漁村と言えば猫が多いが、此処はカラスと鳶が多く居た
カラスは私の弁当を狙っている
鳶は小さなポールに止まりカラスのチョッカイに飛び立った
歩く気がしなくなるのどかさだ

車道で墓地前から県道に登り、バス停横から階段を登り直登で山頂を目指した

  
車道に出ればバス停がある
横の階段を登れば祠が有り、その横から踏み跡が有った
これなら直登で山頂に立てると、マタマタ悪い癖
  

チョット生えこんでいた所も有ったが、毎年誰かが笹刈はしているように感じた
整備道を登り東屋が有る所で休もうと登れば、黒実線道に出れる
 
少し生えこんでいるが、冬場は通る方も有るようだ
道通り登れば正面い道標が出る
コノ黒実線が潮騒の小径のようだ

後は潮騒の小径から天満宮に下る
分岐には道標が有り400ⅿと有った
直ぐに祠や注意書きが出る
  
時間は16時までとあった、余裕だ
付近は神域と有、何やら祠も多い
天満宮が見えた
重文の天満宮は、菅原道真を祀る
 
山門から見る景色は本当に美しい
建物が無かったころはどのような景色だったのか、想像すらできない美しい景色だ

此処に、和歌山の起こりが書かれていた




急な階段を下った
登れても下りは相当に注意がいる階段だ
 

東照宮の前に出て登山口に帰る
新和歌の浦、少し前までは観光客がごった返し、満員の市内電車が発着していたのは昭和40年代の初めだった
先見の目が無かったのだろう
今、市内電車が走っていればモットモット観光産業が賑わっている事だろうと地元老人と話し合ったのが、つい数時間前の事だが

  

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