前鬼から地蔵尾根の千種岳探索

2008/04/12〜13

今年も横浜みろく会の有志の方達とお会いできた。予定では、前鬼、三重の滝行場道途中の地蔵峠から、奥駈道、前鬼〜太古の辻
の途中に有る二つ石の下まで歩きこの間にあるかもしれない靡き30番千草の岳行場を探す目的です

みろく会の皆さんと奥駈道、釈迦ヶ岳登山口、下北山村の前鬼、小中坊でお会いする
国道169号の池原貯水池(ダム)にかかる前鬼橋から前鬼に向かってはいる




途中西の谷橋際に冷泉、不動ノ湯が湧いている。これは知る人ど知る名泉です

 
前鬼小中坊につく手前に前鬼川の名爆、不動七重の滝がある。私の知る限りではこれほどの名爆はそう無いだろう

この道標下から滝壺上までハイキングコースが設定されている。チョットしたスリルと沢の遊びが可能なコースです
私の記憶では1時間もかからない
ここから700m奥に滝展望所があります

  

展望所から見た不動七重の滝



不動七重の滝動画

不動七重の滝を堪能して、さらに奥に進むと鎖でゲートがありここまで車が入る
この下の吊り橋を進むか林道を終点まで歩くと前鬼登山口、小中坊がある



この小中坊経営者は、役小角、山岳修験道の開祖、を助け大峰奥駈道を開いたと言う伝説の鬼、前鬼、後鬼の子孫
五鬼助義之氏夫婦が経営しているが、週に一回土曜日に大阪から来て宿坊を開いているのがこの小中坊です
この前鬼の登山口には5軒の鬼の子孫、五鬼助、五鬼継、五鬼上、五鬼熊、五鬼童家が存在したが今は五鬼助家のみ
第61代五鬼助氏は利益も顧みず宿坊の経営に携わり、多くの登山者、修験者の手助けとなっている
夜、五鬼助氏から伝説の鬼、前鬼、後鬼と五軒の鬼について簡単に説明を受けた。


前鬼は男、後鬼は女、二人は夫婦であり前鬼は地名として残り、後鬼は五鬼として名字で残った
言い伝えにより修験者を助け、1300年間この地で住してきたが明治の始めの廃仏毀釈令により一時山岳修験が禁止され
この地が衰えた。その間も五鬼助、五鬼継家が宿坊を守ってきたが最後に五鬼助家が残り宿坊を小中坊として開いているが
土曜日宿泊のみ、無人宿泊所は通年開いている。

無人宿泊4000円 食事付き宿泊7500円から

無人宿泊所と小中坊

 

無人宿泊所は4〜50畳はは有ろうか、小中坊は20人程度宿泊可能だ、柱などは700年くらい経っているだろうとの事
すごく痛みが進んでいたがひとまず床と廊下が修復されたそうだ。予約無しで泊る事が可能です
ゲートで待っていると、みろく会の有志の方が新宮山彦グループの代表の玉岡氏と他二名の方の車で到着した
小中坊に向かう。満開の三つ又の花の香りに迎えられ、五鬼助氏に案内を受けた


小中坊門



行者堂と小中坊

 

小中坊縁と門

5時半から前夜祭、総勢13名、五鬼助ご夫婦も前夜祭に加わり宴は賑やかに盛り上がった
みろく会とは中高年者の登山会と聞く、若カリシ頃より山や沢岩といどんだベテラン揃いだ
60、70、当たり前の高齢登山者がいる。又明日の先達は山口計氏70才、仕事で全国を回っていた頃
日本の有名山はほぼ知り尽くし、深田久弥の百名山は昭和36年に登り終えていたという。その後大峰に入り
今は修験者として大峰奥駈道の支尾根、山、古道、全て把握している方だ。
山口氏より、小中坊真南にある小西尾根から小池峠を越え小池宿跡に行くコース
(この道は十津川から前鬼宿坊に出る道だったという)、ここから南奥駈道に出るコース
宿坊真南の山、黒谷の頭1333.4mへのコース。大日岳真東の千手岳コース、五百羅漢から明星ヶ岳に出るコース
五百羅漢、オペレックスと言われる岩の位置、初めて聞く名の蘇莫岳(そまくだけ)1521mこの付近だけでも目から鱗である
宴会は盛り上がり楽しい


続く

戻る