釈迦ヶ岳、釈迦像解体修復に参加して

2007/07/08
奈良県十津川村
ショウタン


釈迦ヶ岳山頂に大正13年安置された釈迦如来立像は、80年の風雪に耐えて修験者や登山者の安全を見守ってきたが、前かがみに傾いて修復の声が高まっていた
去年(H18)修復の声が高まり長和会、井上氏の決断により解体。修理、復元にと動き出した。
資材の多くはヘリコブター5便で行われたが、その不足分は人力により行われた。銅板、支柱、砂、セメント、等である。
今回最後の組み立てに参加できた。これも縁合って親交が出来た新宮山彦ぐるーぷのおかげであると感謝している

朝3時50分に起き4時20分に和歌山を出た。朝早く出たのは旭の林道のでの交通規制を考えてのことであるが、混雑もなくやや多くの落石は見られたが、すいすいと登る
登るにつれガスが出て視界が悪いが梅雨とは思えぬさわやかさである。
古田尾根の登山口で有る峠の登山口に付くと昨夜からの泊まり組、早朝到着者と既に10台ほどが泊まっていた。内、見覚えのある方と会話
今日の作業順を伺い、朝食を取り今日の作業のお釈迦様の頭(カシラ)と光背の到着を待った。
その間次々と参加者達や主催者達が到着、やがてトラックが頭と光背を積み、到着、前日からセレモニー用に設置されたテントの準備や報道関係者のために頭と光背を並べ、各主催者の挨拶が始まった






いよいよ最後の荷揚げ、頭と光背の荷揚げです。頭は27kg背負子に結わえ合計30kg位、光背34kg4分割である。
頭から荷揚げが始まった。光背は女性や高齢者が分担、頭は先ず主催者がそして屈強の坊さん、強力達と順次担ぎ手を変えながら山頂にと長い行列が続いた。
この荷揚げスピードはすごい早さで軽荷のショウタンはもうふらふらでしたが、四番手にショウタンの頭担ぎの順番が回ってきた。ここで頭を毛布でくるみ万が一に備えた。
肩にどっしりと重い、ショウタンは少し補足を弱めようとしたが何故か足が速くなる。お釈迦様が後を押して下さるのか?
私の次は、女性強力が担いだ、歴史に残るであろうひとコマです。
このお釈迦さんが作られた頃は女人禁制の所、それが今女性が担ぐことは歴史的な意味があるように思う
この後急登は若い強力が平地は女性や高齢者が担ぎ、最後にホラ貝や、ろっこんしょうじょう さんげさんげ 大合唱の中最高齢の81歳の方が担ぎ山頂に着いた。
合計2時間30分空荷で登るくらいのスピードでした







頭を担ぐ玉岡憲明氏とその仲間


山頂に着くと櫓に囲われた未完成の像が建っていた。息つく暇もなく早速作業が始まる。
作業は大正年間にお釈迦さんを鋳造した東大阪の大谷鋳造所の職員が無料で奉仕して下さっているとか、解体修復も大谷鋳造所が行ったと聞く。頭が櫓に持ち上げられたやいなやテキパキと組み立てが行われている。
私は、補強のために打ち込まれるモルタルの手練り作業に係わった。
基礎部は基本的にセメントは使わない、真冬の凍結がコンクリートを割り、長年のためを考えるとあまり効果が無いらしい。
一部石の崩れを押さえるためのみ使った
今後登山者が台座に登り礎石を落として行くことが心配されるが私の思いすぎだろうか
今後登山者達が登るときは下から一握りの石を持ち上げ山頂の土砂流失を防ぎたいような気がする









作業はテキパキと行われその間女性達は小石を拾ったり、お菓子や茶のサービスをして下さった。
又出くわした登山者の方達の協力もあった
テキパキと組み立てられて行く。モルタル練りが追いつかない感じ、又天気も時々太陽が顔を出す。申し分ない天気でした
櫓を撤去するとお釈迦様が元の姿を表した。感動の一瞬です

山伏や関係宗教団体の方の入魂式が始まった。紅白の餅やお菓子果物、御神酒が供えられお釈迦さんの前で小さく組まれた護摩木、山伏の払いの儀式、臨兵闘者皆陣列在前 と九字を切り儀式が始まった。いろんな真言が唱えられる中分かる真言のみを唱えた
ホラ貝の音色が響く
家内安全、世界平和等も祈られていた。




入魂の儀式が終わり、御神酒を頂き、お供物を頂いた。
後は、残り木で山頂の一部の土砂崩壊の防止や、以前あげられていた錫杖、などを戻し、資材の降ろしに係る
女性達は軽いシートやスコップ等を持ち、私は15kgの銅板の残りを担当した。最大の重量物は35kgの銅板で名乗り手がない中今日最大の強力が名乗りを上げ
担ぎおろした。この方は行仙宿の発電機60kgも持ち上げた強力です。下山は一部はテンバに置き他は登山口にと持ち帰る
又最短距離で下山できるエスケープルートをこの方から教わりここを下った。峠の登山口が出来るまではこのルートも利用されてはいたが今は知る人は少ない
昔の十津川村青年団があげた看板が朽ちていた。



お釈迦様に見送られ下山についた。途中蔓紫陽花やヒメシャラの花が咲いていた
無事林道に下山、峠の登山口に林道を歩き戻ると、登山口では完成祝いの宴が準備されてい



遠慮無く頂き、帰路についた
又私の登山歴の思い出が一ページ増えたことは本当に嬉しい
お世話になった各団体の方々にお礼を申し上げたい

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